君が好き
 ふと、美雨が横を見ると碧は大粒の涙を溢していた。
「僕はなんて馬鹿なことをしたんだろう」
碧はマンションから飛び降りた自分の行為を心から嘆いた。
「生きたくても生きられない人がいる。死ねば悲しむ人がいる。それなのに僕は……」
「優しさのこもった涙は好き」
歌うようにリズムを刻む美雨の言葉に温かさを感じ、碧はいっそう涙を流した。その様子を見て、美雨は、フフフと笑った。
 美雨は包み込むように碧を抱きしめた。
 木陰の隙間から差し込む日差しが、二人を照らした。
 日が傾くまで二人は寄り添っていた。
碧の肩で寝息をたてる美雨が弱々しくて切なく感じた。
「好きだよ」
碧は今にも消えてしまいそうな美雨の横顔にささやいた。
 愛されていると実感したことがなかった碧は人を愛することに臆病になっていた。しかし、膨れ上がり、張り裂けそうな美雨への想いを言葉に出さずにはいられなかった。
(……今度はきっと起きているときに言うよ)
碧の頬は夕陽色に染まっていった。

 明くる日も碧はいつもの場所へ向かった。美雨は決まって空を見上げていた。
 風が吹くと長い髪が優しくなびいた。髪をかき上げる姿に碧は胸をときめかせた。
「どうしたの、そんなところに立ち尽くして」
「いや、別に」
碧は穏やかに微笑む美雨の顔に照れながら歩いていった。
 二人は他愛のない話を繰り返した。
「私ね。薬の副作用で人一倍体温が低いの。だから、黒い服を着させられるんだけど、可愛くないじゃない?」
「だから、白のカーディガン?」
「そう。真っ黒だと喪服みたいだしね」
会話の数だけ、二人の距離は縮まった気がした。
 強い風が二人の間を吹き抜けると、わずかな空白が生まれた。
 擦れあう葉音が悲しく響いた。
「なんで自殺なんてしようとしたの?」
静かな空間の中で口を開くのは、決まって美雨だった。
 碧は闇の中へ沈んでいく気がした。
「傷ついたならごめん。答えなくていいから」
美雨は慌てて弁解した。

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