君が好き
 美雨は碧の背中に額をつけた。
「私はあなたより早く死ぬわ。それも、もう遠くない。だからね。嬉しさよりも哀しみが溢れたの。あなたを好きになっても苦しくなるだけだって ……あなたのこと、大好きだけど……」
背中の温もりがいっそう愛しさを増した。
「だから、ごめんなさ……」
碧は言葉を塞ぐように正面から美雨を抱きしめた。
「ずっとそばにいるよ」
美雨は碧の胸の中で何度も首を横に振った。
「もう決めたんだ。ダメと言われても、嫌と言われても、そばにいる」
碧は優しい口調で話した。
「無理なんだよ。私、死ぬんだ。 ……恋なんてしないって決めていたのに。大切な人ができたら死ぬのが怖くなるから……」
碧は美雨の口を押さえるようにきつく抱きしめた。
 美雨は碧の胸の中でエッ、エッと泣いた。
「君が好き」
碧は耳元で優しく囁いた。表情は穏やかで迷いはなかった。
 美雨は胸の中で止め処なく涙を流した。
「二人でいれば幸せは無限大だよ」
碧の言葉に美雨は笑った。
「バカ」
美雨は顔を上げると、涙を拭った。
 スズメは祝福の歌を歌い、木々は葉を鳴らした。
二人は照れくさそうに笑うと、互いの目を見た。そして、優しく口付けを交わした。
「毎日会いに来るよ」
「時々で良いよ」
「いや、毎日来る」
あまりに一生懸命言う碧を見て、美雨はクスクス笑った。その顔を見て、碧は顔を赤らめながら、声を上げて笑った。
 二人はベンチに座ると、寄り添いながら周りの音を聴いた。風の音、風が鳴らす葉音から人の声まで聴きなれた音が新鮮に感じた。
 碧は菅の声を聞いた。
「迎えが来たみたい」
「うん」
美雨が優しくうなずくと、碧はゆっくりと立ち上がった。
「仕事を見つけて、自立できるよう頑張るよ。美雨をいつでも迎え入れられるように準備しておく。だから……」
「うん。私も早く良くなる」
二人は幸せをかみ締めるように微笑み合った。一緒に暮らすことなど叶わないと互いに思いながら、二人は約束を交わした。
 碧は穏やかな顔で手を振る美雨に見送られて退院していった。
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