君が好き
 碧が慌てて顔を覗くと、美雨はうまく呼吸ができない様子だった。
「美雨?」
碧は急いでナースコールを押した。
「美雨」
看護婦が駆けつけるまで、碧は必死に名前を呼び続けた。
 美雨は集中治療室へと運ばれた。碧は面会謝絶の病室前で小一時間ほど祈るように手を合わせていた。
「神様、美雨を助けて。あなたからすれば簡単な願いでしょう」
何人の人がしただろうか、その願いに看護婦は悲しそうにうつむいた。
 それから数時間経っても美雨は出てこなかった。
「碧くん、今日は帰りなさい。何かあったら連絡してあげるから」
看護婦はうつむき、祈る碧の肩を抱くと、優しく身体を起こした。
 碧は促されるまま、病院を後にした。
 その夜、看護婦から連絡が入ることはなかった。
 美雨は危険な状態からは抜け出したが、集中治療室で過ごした。
碧は仕事を休み、毎日病院へ通った。
(美雨)
部屋に入ることが許されない碧は、部屋の外で祈りを捧げた。

 美雨が意識を取り戻したのは、三日後。集中治療室を出たのは八日後であった。
二人で祝うはずの美雨の誕生日は無常にも過ぎていった。
 美雨は病室から星を眺めていた。終始悲しい顔を浮かべていたが、何かを決めたように小さくうなずいた。
 美雨が意識を戻した翌日から、碧は仕事に復帰した。
 工場では解雇の処分が下りかけたが、管が何度も頭を下げたことで免れた。
「ごめんなさい」
碧は迷惑を掛けたすべての人に言って回った。
 仕事を終えた碧は急いで美雨の病室へと向かった。しかし、病室に美雨の姿はなかった。
「美雨……」
碧は不安に駆られて、病院中を探し回った。
 診察室からふと現れた美雨を碧は思わず手を握った。
「どうしたの?」
「また、具合悪いの?」
碧は今にも泣き出しそうな顔だった。
「いなくならないで」
「ふふっ、子供みたい」
美雨は優しく微笑むと、碧の頭を撫でた。
 二人は美雨の病室へ戻った。
 美雨は碧の顔をまじまじと見た。
「何?」
「……私ね。退院することにした。先生にも許可をいただいたわ」
突然の言葉に碧は目を丸くした。
「良くなったの?」
碧の問いに、美雨は静かに首を横へ振った。
「そう、だよね」
碧は分かりきった回答にうつむいた。
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