君が好き
 風呂から上がると、二人は同じベッドで横になった。
 美雨は眠ることを怖れた。
「大丈夫?」
「昔は目が覚めないんじゃないかって怖かった。今はこの幸せが泡のようになくなること、あなたを一人にしてしまうことが怖いの」
幸せな日が重なるにつれ、美雨は恐怖に怯えるようになった。
(僕が想いを告げなければ、美雨はこんな想いをせずに済んだのかな?)
体を震わす美雨を見て、碧はやりきれない気持ちになった。
「大丈夫。僕が必ず起こしてあげる。いつまでも傍にいるよ」
碧は美雨の手を握り、二人は寄り添い眠った。

 いつものように管が訪ねてきた。しかし、いつもと面持ちが違った。
「どうしたの?」
碧の顔が笑顔から強張っていった。
 管は碧を喫茶店の外に連れ出した。美雨はその様子をカウンターの陰から見ていた。
 管が口を開くと、碧はたちまち泣き崩れた。管はその場で膝をつくと強く碧の肩を抱き寄せた。
 ただ事ではないことを感じた美雨は懸命に外へ出た。
「なに?」
瞳を潤ませる美雨を見て、管はゆっくりと立ち上がった。
「……」
管は口を開いたが、言葉にならなかった。
「碧のこと、よろしく頼むよ」
管はやっとの思いで言葉を発すると、美雨に持ってきた薬を手渡した。そして、早々に立ち去った。
 去ってゆく管の肩は小さく震えていた。
 美雨は碧の背中を擦った。碧は美雨の膝に泣きつくと、しばらく涙を流した。
 店はすぐに閉めたが、美雨が事情を聞かされたのは夜であった。
「お母さんが死んだんだ」
美雨は一瞬で凍りついた。
(そんな……)
美雨は首をつって自殺したときの父親の姿を思い出した。
 美雨は碧を力強く抱きしめた。
「覚せい剤中毒だって。 ……菅さんがね、きっと本人も死ぬ気はなくて……」
「もういいよ」
今にも泣き出しそうな美雨の声を聞いて、碧はいっそう涙を溢した。
「僕のせいだ」
「そんなことはないよ。 ……そんなことない」
美雨は優しい声で言うと、いっそう強く抱きしめた。碧は弱々しいその腕をいつも以上に愛しく感じた。
 二人は一晩中、寄り添っていた。互いに口を開くことがなく、鳴き始めの虫の音が静かに響き渡った。
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