君が好き
 三ヵ月後、美雨は懐妊した。
 医師からは無事に生むことができる保障はできないと言われたが、美雨に後悔はなかった。
(この子は生んでみせる)
美雨は生涯で一番強く、穏やかな気持ちに包まれていた。そして、心は幸せに満ちていた。
 碧と一緒に美雨が喫茶店に戻ると、店はお祝いの準備がされていた。
「碧、美雨ちゃん、おめでとう」
管の言葉をかわきりに、集まっていた人たちがお祝いの言葉を浴びせた。
 二人は目を合わせると、照れくさそうに笑った。
 テーブルは地元の人が持ち寄った料理とお酒で満たされた。
「ご両人、さぁ、飲もう」
「こらっ、美雨ちゃんに勧めるんじゃないわよ」
「さぁ、温かいうちに料理をお食べ」
人々の温かさがヒシヒシと伝わってきた。
「こんなに幸せな日が来るとは思わなかった」
涙ぐむ碧に美雨も思わず涙ぐんだ。
「まだまだ、これからだろう」
管は碧の頭を軽く撫でた。
 お祝いは終始賑やかな雰囲気であった。
 終盤に差し掛かると、碧は美雨を席の中央へ呼んだ。
「なに?」
美雨が尋ねると、碧は一度目を逸らした。赤くなった頬は酒のせいか恥らっているのか、わからなかった。
「もう、なに?」
美雨は再度笑いながら尋ねた。
「君が幸せを形にしてくれたから、僕も形のある幸せを渡したいと思ったんだ」
碧はポケットから箱を取り出した。
「結婚しよう」
碧の笑顔は、はにかんでいた。
 美雨は心から幸せが溢れ出すのを感じた。
「いいの?」
「いいの」
碧は深くうなずいた。
「はい」
美雨はくしゃくしゃな笑顔で答えた。
 一瞬にして賑やかな雰囲気から穏やかな空気に変わった。
 碧は指輪を取り出すと、美雨の左手薬指に付けた。
 美雨は真っ直ぐ涙を流した。
「あらま。素敵」
「おい、写真を撮るぞ」
人々は碧と美雨を囲んで集まった。
 碧は美雨の涙を拭うと、抱き上げた。
 カシャっとシャッターの下りる音がすると、場は一斉に沸いた。
 フィルムには皆が幸せそうに笑う姿が映っていた。
< 34 / 40 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop