君が好き
 碧は車椅子を川原に向けると、横に座った。
「君はいつか、神様なんていないと言ったね。きっと必要ないんだ。人は人を幸せにできるから。大切なものを与えられるから」
碧は夕陽にきらめく川を真っ直ぐ見た。そして、華蓮を見た。
 穏やかな夕日に頬を染め、碧は深く息を吸った。


ため息をするたびに
幸せが逃げるから

君がため息をするたびに
僕は口づけを繰り返すんだ

僕は君の幸せを
君は僕の幸せを

互いが互いを感じられるように
互いが幸せになれますように


こんな僕に
君は幼いと笑うかな

無邪気に笑う君に
僕はまた恋をするかな

僕は君を笑顔に
君は僕を笑顔に

幸せが連鎖していきますように
僕と君が繋がりますように


君を不安にする
夜が来るね

さあ、手を繋ごう

姿見えなくなっても
二人離れることはない

絆が二人を繋ぎ続けるから


 歌い終わると、美雨は手を伸ばした。
「ありがとう」
碧は美雨の手をしっかりと握った。
 碧は赤らんだ顔ではにかみ、笑った。
「離さないよ」
「うん」
美雨は小さくうなずくと、静かに目を閉じた。
 哀愁を帯びた川のせせらぎ、虫の音が静かに響いた。
「お互いに作る約束だったのに、ずるいよ」
碧は瞳を潤ませた。
 沈み行く夕陽が、辺りをより濃いオレンジ色に染めた。
「あっ、パパとママが手を繋いでる」
華蓮は声を上げると、懸命に駆けてきた。
「華蓮もすぅ」
近づいてきた華蓮は美雨の膝を掴んだ。
 美雨は優しく微笑んだまま、目を閉じていた。
「ママ、寝ちゃったの?」
華蓮は碧の顔をうかがった。
 碧は華蓮を空いている手で抱き寄せた。
「うん、寝ちゃった」
碧の声は震えていた。
「パパ、泣いているの?」
碧の声を聞いて、華蓮も声を震わせた。
 碧は唇をかみ締めると、鼻をすすった。
 陽が沈み、暗闇が迫ってきた。
 碧は美雨の体を抱き寄せた。
「ずっと傍にいるよ」
碧は次第に消えゆく美雨の温もりを心に刻んだ。
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