君が好き
 窓から心地よい風とともに声が聞こえてきた。
(あの歌だ)
碧は窓から身を乗り出した。
美雨は月を見上げると、憂いの顔を浮かべていた。
(あんな顔もするんだ)
 美雨は自殺をしようとした自分と同じ目をしているように感じた。しかし、同時に管が見せたような、もっと深い孤独を知っている印象も受けた。
 風が美雨の歌を運んできた。


生まれてきてすぐに 僕らは
泣くことを強要される

光満たされた 世界に
産み落とされた はずなのに

悲しみが望まれる世界ならば

僕は何のために生まれてきたのだろう


死への旅路を歩んでゆく 僕らは
何を残すことができるだろう

すべてが無に帰す運命ならば

生まれてきたくなかった


死があるから生が輝くなんて
死を美化する 綺麗事

僕は死ぬことなく輝きたい


ねぇ、神様

死を与えた理由を教えてちょうだい

大切な人より先に 死ななければならない
その理由を

大切な人が 僕を置いて逝く
その理由を

ねぇ、神様

人生ゲームは 楽しめたかしら


 歌い終わり、月明かりに照らされた美雨の姿はおどけた笑顔に哀しい目であった。
心配して美雨を探しに来ていた看護婦は哀しい顔をしていた。
「さぁ、帰りましょう」
看護婦は美雨の肩を抱くと、病院の中へと戻っていった。
 うつむく美雨の横顔は菅が父親の話をしたときに見せた表情によく似ていた。
(僕よりも深い哀しみを持っている人は一杯いるんだね)
碧は途端に自分が小さく感じた。

< 9 / 40 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop