危険な誘惑にくちづけを
「……逃げ場は、ないね?」

 ほとんど無表情な声で、佐倉君がささやく。

「逃げられないよ……?」

 わたしの顔を挟むように、両手を塀について佐倉君も顔を近づけて来た。

「そのまま……
 オイラの唇に、キスを……くれない?」

 逆光で織られた光のベールも。

 ここまで、佐倉君の顔が近づけば、何の役にも立たなかった。

 佐倉君の素顔は……その、表情は。

 無表情な声と裏腹に……

 ココロが壊れそうなほど、切なげに、悲しげに見えた。

 ……なんで。

 わたしを追い詰めているはずの佐倉君が、そんな顔をするの?

「佐倉君……」

 こんなキスは。

 わたしもイヤだし、佐倉君にもきっと良くない。

「……やめようよ、こんなこと」

「……やめない」

「なんで!」

「だって……
 こうでもしないと、春陽ちゃん……
 キミを手に入れられないだろう?」

 言って、佐倉君は自分をあざ笑うように、更に表情を歪めた。

「なんせ、オイラの相手は『あの』元王子だ。
 今はだいぶ面差しが変わったけど。
 昔は、アイツが笑いかけたら、落ちない女の子はいなかったほど、すげーヤツだったコトを覚えてる」

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