危険な誘惑にくちづけを
 泣いたって、紫音が困るだけなのは、判ってた。

 だから、一生懸命、涙を出さないようにしていたのに。

 ダメだ、と思えば思うほど、涙が出てくる。

「……春陽?」

 紫音の心配そうな、優しい声に。

 もっと、もっと。

 涙が出てきちゃう。

 わたしは,泣き顔を見られるのが嫌で。

 くるり、と紫音に背中を向けると。

 紫音は、そっとささやいて。

 わたしを背中から抱きしめた。

「春陽」

 急に寂しくなってしまったわたしのココロと一緒に。

 カラダを抱きしめてくれた、紫音の手が、暖かかった。

「……すまない」

 と。

 わたしの首筋にくちづける、紫音の唇の優しさが、ココロに染みた。

「ううん。
 紫音が、謝ることなんて、ないよね」

 だって、今。

 別々に暮らしているのは、二人の未来のためだもの。

 あと一年か、二年。

 頑張れば、紫音は、一段落つくって言うし。

 もし、それを過ぎてもまだ紫音が、日本に帰って来られないって言うならば。

 わたしの方が、フランスに押しかけて行っちゃうもんね。

 そのために、今。

 ケーキ作りの他に、フランス語を習っているんだから。
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