危険な誘惑にくちづけを
「村崎って……村崎 音雪君ですか!?」

 やっぱり、知ってたんだ!

 風ノ塚先生は、自分の持っていた、ケーキを取り落としかねない勢いで、わたしに詰め寄った。

「村崎君は、今、お元気ですか!?
 パテシェの卵って、また、ケーキ作りを始めたんですか!?」

 その、まるで、必死みたいな剣幕に、たじたじとなりながら、わたしは、かくかくとうなづいた。

「は……はい!
 元気ですし、一昨年から、フランスに、留学中で。
 今日は、たまたま日本に帰って来ていますが、明日には、また行っちゃうんで……」

 風ノ塚先生の迫力に、聞かれないことも、思わずしゃべると。

 風ノ塚先生は、ケーキの乗ったトレイを、ショウ・ウインドの横の棚に置いて、大きなため息をついた。

「……ホラ。
 村崎君って、高校にもまともに通えないほど~~
 体調を崩していた時期があるじゃないですか~~?
 なのに、ウチでのバイトの契約期限がキレたあと。
 お酒を飲む商売を始めたってウワサを聞いて~~
 すごく、心配していたんですよ~~」

「……え?」

 風ノ塚先生の話を聞いて。

 今度は、わたしが自分の耳を疑った。
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