危険な誘惑にくちづけを
 佐倉君は、にやりと笑って、上機嫌で帰ってゆく。

 その、パタンと閉まった扉にクッションを投げつけて、わたしは座り込んでしまった。

 力が抜けた、というよりは、アタマが真っ白で、何も考えられなかった。

 それでも、やがて。

 ただ、ただ破れた服が悲しくて。

 突きつけられた現実が、信じられなくて。

 ……涙が、出て来た。

「……しおん」

 一番安心するヒトに、助けを求めるように、自分の携帯を探る。

 ねぇ、紫音……

 わたし、佐倉君に、大変なコトされちゃって……

 しかも、弱みを握られちゃって……

 なんて、絶対に言えない。

 写真は、知らないうちに撮られた、ですむかもしれないけれど……。

 あんな風に男のヒトを誘う。

 自分が聞いても恥ずかしい声を聞いたら。

 ……絶対、誰も、佐倉君に無理やりとか、こっそりとか写真を撮られたとかって思わない、と思う。

 紫音の夢を見ていた、なんて言い訳も多分、通じない。

 紫音に、何の相談も出来るワケが無かった。

 それでも、紫音のメールか、着信の跡を見るコトが出来れば……少しは、落ちつくかもしれないと思った。

 ……のに。

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