あなたが触れる度に


「ね、菜々ちゃん。」


楠本さんは目を瞑る私に話しかけた。


「何でも信じれば、叶う気がするんだ、俺は。」


「…えっ?」


突然の話題に私は目を開けた。


鏡越しに映る楠本さんは、
鏡越しに映る私を見つめた。


「菜々ちゃんに初めて声をかけたとき、いや、かける寸前さ、菜々ちゃんが見つめていた視線が気になったんだ。」



「私が見つめていた、視線…?」


「うん。覚えてない?」


私は頷いた。
一体、何を見ていたっけ?


「横断歩道で信号待ちをしていながら、菜々ちゃんはある一点を見つめてた。


菜々ちゃんの横を通り過ぎる、カップルを見つめてたんだ。」


そういえば、そうだった。


あの日、買い物をしていて、
満たされていながらも…


「菜々ちゃんはそのカップルを横目に見て、視線を落とすと、ため息をついてた。
その時思ったんだ。彼女には心に密かな闇がある、と。」


そう、私はため息を漏らしていた。

幸せそうなカップルを横目に、
ため息を漏らしていた。


私は、あんな風に笑えているのかと、ため息を…




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