天使になれなかった。
自室のドアを閉めると、激しく咳込んだ。
空気がぬけていく風船のように全身の力がぬけて床に横たわる。
「………」
この家にあたしは存在しない。
あたしは、一歳のときにこの家に預けられたらしい。
らしいというのは物心ついていない頃の事実なんて他人事にしか思えないから。
両親は幼いときに失踪している。
あたしはたらい回しにされたすえ、父方の遠い親戚の家に預けられた。
理由の分からない勝手な失踪事件に巻き込まれたうえ赤ん坊まで押しつけられた哀れな人たちが、快く迎えてくれることはなかった。
この家でのあたしのルールは
しゃべらない。
笑わない。
泣かない。
怒らない。
物音をたてない。
物心ついたときからずっと守り続けている。