イナフ ー失われた物語ー 【小説】
嫌悪と狂気の間にあって
なにも他に人生が見当たらないとき
人は身体に寄り掛かる
せっかく歩けるように
なったのも束の間
私の両脚は
まるで生きるのを拒むかのように
麻痺しはじめた
担当医が全ての秘密を
身体に教えてくれた日から
一週間もたたない日のこと
朝起きてトイレに立とうとした時
ふとした違和感が
両足の甲に生じていた
爪先が垂れたまま
上に持ち上がらない
ベッドから下り
スリッパを履く
歩き始めるとスリッパは
すぐに脱げてしまう
何度か繰り返し
ようやくトイレに辿りつく
しばらくして足首がほとんど
自分の力では動かせなくなり
検査が何度か繰り返され
神経的には何の異常もなく
リハビリを進めることが
出来なくなる
松葉杖から再び車椅子に
逆戻りしてしまうことになった
もう逃げられない
なんとなく
そんな言葉を思った
夜の狂気が
次第にエスカレートしはじめていた