イナフ ー失われた物語ー 【小説】
薬で朦朧としはじめると
彼はやってくる
彼の処方する薬が増え始めた
私は逆らわずに
そのカプセルを飲み下して
いつものように眠りにつく
考えてみればそれまでの薬が
何の効果があるのか
はっきり確かめたことなどない
もともと特定できるような
処方のされかたをしていない
丸薬の包まれた
薄い防水紙のパッケージは
病院での院内処方であるため
コードも薬名もわからない
もしかしたら催淫剤かもしれない
私にはわかるはずもない
彼が
口の中に指を入れる
いつものように
全身に痺れが走る
私は喘ぎ始める
だがその夜は
いつもと違っていた
声が出ない
まるで夢の中で叫んでいるように
全く声が出なかった