イナフ ー失われた物語ー 【小説】
狂気
その日から朝からベッドの上で
震えるほどの性感に
襲われるようになった
あのリングが彼の替わりに
24時間 私をなぶり
犯し続ける
意識がある時はいつでも
リングが舌や頬の内側や
上顎の裏をかすめるだけで
身体がガクガク震えるような
発作のような高まりが襲ってくる
声を自分の手で塞ぎ押し殺す
身体が開ききって
片時も性感が途切れることがない
息が苦しい
胸を掻きむしるほど
絶望と愉悦の渦に飲み込まれて
息ができなくなる
海で溺れているような
窒息する
酸欠で指先が痺れてくる
このままいけば
死ねるのかも知れない
死にたいのだろう?
怖れることなどないのに
やがて臨界点がやってくる
意識がなくなる
気を失うのだ
それ以外にこの地獄から
逃れることが出来ない
ナースにも医者にも
気づかれずに悶え苦しみ
気を失う
1~2時間で意識が戻ってくる
なにもなかったように
昼食が運ばれ
やっとの思いで
半分ほど手をつけて終わる
すでに味わいながら食べるという
行為は失われた
私の舌はもう
食べるためにあるのではない
私の舌は
性器だ
銀色の異物が頬をかすめるたびに
耳の中で彼の囁く声がする
お前の口は
食べるためにあるんじゃない
と…