イナフ ー失われた物語ー 【小説】
一瞬
担当医の息を呑む音が聞こえた
私は薬でもうろうとしていて
声も出せない
もちろんそのことは
彼に事前に伝えてある
「…よ、呼ばれたんだよ」
「こんな深夜にですか」
「あ、ああ、たまにこの時間に
彼は発作がね」
「発作…ね」
彼はそういうと
手にしていた携帯のカメラで
担当医と私の2ショットを
手早く撮り始めた
「な、なにをしてる!」
担当医は低く叫んだ
「いや、あなたにうやむやにされな
いようにと」
「…やめるんだ」
「私もこんなことしたくはないが」
担当医は苦々しく
私の髪をわしづかみにした
「…お前か!」
「…さて、どうします?院長に報告
します?
それともすぐ警察呼びますか?
…もしくは、私の言いなりに?」
担当医が
すばやく立ち去る音が聞こえ
青年医師が後を追っていく足音が
廊下に響くのを聞きながら
私の意識は途切れていった
薬がいつものように
私を眠らせていた