イナフ ー失われた物語ー 【小説】
…また長い夢を見た
私は知らない男に抱かれていた
途切れなく続く愛撫
快楽のうねりの中に溺れている
何度も何度も高みに達して
互いに喘いで
融けあって
緩慢に貪るような秘め事に
頭の中まで痺れて融ける
見知らぬ男は囁く
秘密だよ
誰にも
誰にも言っちゃだめだ
俺とお前だけの秘密だ…
囁かれて快楽が増幅していく
互いに漏らしあい
身体中が魚のようにぬるぬるして
喘ぐ声すら濡れてくるような…
男は何度も繰り返す
誰にも言っちゃだめだ…
話してはいけないよ…
私の心の中に
質問が湧き上がってくる
なぜ…
なぜ秘密に…?
秘密って…?
この関係を…?
こんなに
愛し合っているのに…?
たまらず私は尋ねる
秘密をバラしたら…どうなるの…?
彼は私を抱きしめながら囁く
それはね…
こうなるんだよ…
私はそのままゆっくりと
ベッドに沈んでいく
ベッドは柔らかく
体はずぶずぶと沈みこみ
やがてベッドは水に溶けている
彼は両手で私を水に沈める
死ぬんだよ…
結ばれてはならないから…
どんなに…愛していてもね…
彼は水の外から囁く
私は水の中でその答えを聞いている
さほど
驚きもせずに…
水底へ沈んでいくとき
私は一種の解放感を味わっている
光が遠のく
海…?
暗いな…
とても
暗い…