イナフ ー失われた物語ー 【小説】
笑う月
少し虚脱したような
青年医師の顔が珍しかった
気を失って意識が戻り
酸素マスクと点滴が外された頃
彼の車で近所のMRIのある病院へ
搬送されることになった
彼はあまり陽気ではなく
いつもと様子の違うのが
私ですら多少気にはなったが
私の病院内での扱いを考えれば
そんな対応しか取りようはなく
きっと快活が取り柄の彼でさえ
気が重いに違いない と
5分もかからずに
その整形外科に着き
車椅子に私を乗せ
慣れた足取りで検査室まで
直接入って行った
知り合いなのであろう
向こうの担当医には
つとめて明るく挨拶を交わし
前もって話が通っているらしく
さほど説明もないまま
私は検査室の奥のMRIに寝かされて
検査の説明と注意を受けた
検査は時間もかからず済み
再び寡黙な彼に連れられて
病院に戻った
元の病室にも戻り
また表面的には
元の生活に戻ったかのような日々が
始まると思っていた
次の日
整形の診察室で
虚脱したような
彼に会うまでは…