イナフ ー失われた物語ー 【小説】




安定剤と睡眠薬のカクテルに

すっかり酔いが回ってくるころ

深夜のいつも決まった時間に

それはやってきた



薬でモウロウとした

夢のような意識の中で

半開きの唇の間に

生温かい舌が押し込まれる

舌が抜かれ

唇が吸いとられ

それが夢の中で永遠に続いていくか

のように感じ

身体の記憶が

朝の目覚めの中で再現される

あまりにも混濁した意識には

これが現実か夢なのか

判別が出来ることはなく

ただ圧倒的な融解感に

痺れるだけの身体が

記憶のない絶望を

その時だけ忘れさせてくれるようで

抗うこともないまま

されるがまま

ただ溺れた




今の自分に溺れるものがあることが

安らぎの代わりに心を満たすような




どれだけの時間かは知らない

いつも知らぬ間に眠りに落ちて

目覚めの中で不思議に

快楽の残り香だけがただよい

日々の悪夢の苦痛のその上に

その快楽の残像は

たまらないほど切なく

ひとりでに自慰の回数が増え

それでもなにも満たされない自分に

焦りがつのり

意識のある寝るまでの時間が

ますます辛く渇いていった




そんな状態のさなかに

歩けるようになってしまったことが

逆に私をある方向へと

駆り立てていくことになった











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