恋人は専属執事様Ⅰ
「…お嬢様、淑乃お嬢様」

藤臣さんの声に私は目を覚ました。
泣き疲れて眠ってしまったみたい。
瞼が腫れて目があまり開かない。
私の酷い顔を見た藤臣さんは、一瞬ハッとした表情を直ぐに柔らかい笑顔にして
「少々お待ちください」
と言って部屋を出ると、直ぐに戻って来た。
銀色のワゴンにはポットと洗面器が2つずつ。
藤臣さんはそれぞれの洗面器に別々のポットの中身を注いだ。
それぞれの洗面器にタオルを浸し、固く絞ると私の瞼に交互に当ててくれる。
片方は温かくて、片方は冷たかった。
「こうして交互に温めたり冷やしたりいたしますと、腫れが早く引きますので、暫くご辛抱ください」
手を休めずに藤臣さんはそう言ってくれた。
藤臣さんの気遣いに、私はまたさっきのことを思い出して涙が溢れた。
お仕事だって分かっているけど、優しくされたら甘えたくなっちゃうよ…
また洗面器に浸す為にタオルが外され、私は泣き顔を藤臣さんに見られた。
「お嬢様、どこかお体が痛みますか?」
藤臣さんが心配そうに私の顔を覗き込む。
「だって…私、独りぼっち…だから…藤臣さんが…お仕事だから…優しく…してくれ…ヤだ…」
自分でも何を言っているのか分からないのに、藤臣さんはそっと私の肩に手を乗せて、片手で私の背中を撫でてくれる。
「淑乃様、先ほどわたくしは申し上げました。唯お一人の為に全力でお仕えしたいと」
私の体がビクッとなった。
私の肩に乗った藤臣さんの手に僅かに力が込められる。
「淑乃様にお仕え出来て、わたくしは執事冥利に尽きる思いでございます。しかし、大切な主人が泣いていらっしゃるのに、何も出来ないとは…まだ力不足でございますね」
いつになく藤臣さんの声が弱々しかった。
藤臣さんは私のお世話をしてくれることを、嫌だと思っていないの?
顔を上げると、いつも全く隙のない身だしなみの藤臣さんが、後ろに流した前髪が乱れてるのも気付かない様子だった。
「藤臣さんは私なんかで良いんですか?」
私が尋ねると、藤臣さんは私の目を見つめ強い眼差しで
「淑乃様以外にわたくしがお仕えしたいお方はいらっしゃいません」
と断言してくれた。
また泣き出した私を見て慌てる藤臣さんに
「これは嬉し涙です」
と私は笑って言った。
笑顔を作れた自信はないけど。
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