君にキス。






耳の奥ではまだあのフルートの余韻。
目を瞑れば夏川。


昼休みが終わり、夏川はほとんど毎日、誰もいない昼休みの体育館を狙っては一人で練習しているらしい。








『よかったらまた聴いてくださいね』




美しい音色に、一人拍手をしていた俺に向かってそう言った夏川は、ほんのり頬をピンクに染めていて。


照れくさそうに笑っていた。
『おう』と返事をしてしまったけれど、よかっただろうか。






教室に戻る前に廊下で深と遭遇。
今の今までトイレに行っていたわけではないだろうし、深は何をしていたのだろう。





「いやあ、困ったもんだよ陸…。トイレから出て体育館に直行しようとしたんだけどさあ…、残念なことに教師に捉まっちまってよお」


深曰く、さっさとトイレを済ませ、体育館に向かおうとしていたところを学年主任に捉まってしまったらしい。
学年主任とか一番対応に面倒な教師じゃねえか。







「…なんで捉まったんだよ」

「え、なんかテストやら成績やらいろいろ言われたし」





問題児佐藤深は、学年主任のお墨付き。


深は嫌がっているが、学年主任に言わせると『面倒掛かるが決して悪い子ではない』と『愛嬌があって可愛い』らしい。






まあ確かに、誰にでも擦り寄っていく深はあからさまに猫体質であり、周りからも愛されキャラだ。
それは俺もよくわかってる。
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