ボーダーライン

 真紀はまた少し涙ぐんで、こぼれる前に中指ですくった。

「ショックだった。良い人だと思ってたのに」

 それで怯えてたのか。

 だから走って帰ってきたのか。

「所詮あたしはキャバ嬢だってわかってるのに。そういう目で見られてるってわかって働いてるのに。バカだよね」

 呟いて、自嘲する。

 そういう世界に疎い俺は、やっぱり何も言えない。

 きっと俺の意見なんて何の意味もない。

 真紀が傷ついている今、俺はどうしてあげたらいいのだろう。

 無力だ。

「キスなんて、長いことあいつ以外とはしてなかったのに」

 真紀の視線は、部屋の隅のダンボールの伝票に向けられた。

 長い爪の指で、自分の唇に触れている。

 そのまま視線だけ、ダンボールから俺に移ってきた。

「ねえ、良平。チューして」

 その言葉に、俺の心臓が跳ねる。

 バスタオル一枚で何言ってんだよ。

「忘れたいの。さっきのも、あいつのも」

 言いながら、真紀の顔が俺に近づいてくる。

 何も言えず、動くこともできずにただ固まっている俺。


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