三日月の雫
「すみませんね、あたし、酔ってるみたいで」
そんな僕の気持ちなど知りもせずに、彼女は間近で僕の顔をじっと見ながら、無邪気な顔でそう言う。
「そうとう飲んでたよね。今ので七杯目だよ」
平静を装うのに精一杯だった。
もしもここが、とても静かな場所だったら。
彼女がこんなにも酔っていなかったら。
動揺のあまり震えている僕の声は、すぐに気付かれたかもしれない。
「結崎さんは下の名前、なんていうんですか?」
そんな彼女の質問。
ありふれた、ごく普通の質問なのに、僕は少し落ち込んでしまった。
僕は彼女が「沢井柚羽」という名前であることを知っているのに、彼女にとって僕は、ただの「結崎さん」なんだな、と。
下の名前さえも知らなかったんだな、と。