ラビリンスの回廊
猿ぐつわをされていないのは、不幸中の幸いだった。
だが、声を出したのは不用意だった……と後悔した。
覚醒を相手に気付かれるのは、得策ではない。
「目が覚めましたか」
遅かった。
イシュトとルクトの覚醒に気付き、男が言葉を投げかけてきた。
そのくぐもった声はイシュトの下からもたらされていた。
イシュトは口を閉ざし、相手の出方を見ようと全神経を張り巡らせる。
それ以外にも、この襲撃の目的が自分にあることがルクトにわかれば、厄介ごとは御免とばかりに同行を拒否されるかもしれない、と考え、ルクトの動向にも気を配る。
せっかくのベンス兄妹という道案内を失うことになりかねない。
国に戻される前に、ルクトに気付かれる前に、なんとか脱出したいとイシュトは考えた。
不意討ちだったから捕らえられてしまったが、逆に不意をつけば……
「イシュト様?」
返事がないことでしびれをきらし、男はそう呼びかけた。
思わず舌打ちが出る。
名前を知っていることがルクトに気付かれた、次に何故、名前を知っているのかと考えるだろう。