ラビリンスの回廊
「王妃様はシェル王国を、私はブラウ王国を支配する。そういうお約束でしたよねぇ」
王妃様、という言葉へ微妙なニュアンスを含ませ、男は薄ら笑いを浮かべる。が、微かな翻意も見逃すまいとでも思っているのか、目だけは抜け目なく王妃を窺っていた。
対する王妃は、男の態度は想定内か、疑いの眼差しに動じる風もなく、答える。
「もちろん忘れてなどおりませんよ、兄上」
王妃は言う。
「イシュト王子だけでなく、共にいるシェル王国の光も邪魔なのは事実。それを踏まえて尚、必要ないと言ったのです」
王妃は少し言葉を切ったのち、男へひとつ質問をした。
「兄上は、イシュト王子とシェル王国の光が何を求めているのか、ご存知でしょう」
前振りのない問い掛けに、男は少し戸惑ったようだが、すぐにひとつの言葉で答えた。
「紅玉」
頷いた王妃の顔は、無表情からゆっくりと変化し、口元に笑みを浮かべだしていた。
「シェル王国に預言者や光の乙女があるように。我らが王国には『暁の乙女』があります」
「そうか……! 光の乙女が『救うもの』であるなら、暁の乙女は『破壊を司るもの』。イシュト王子や光の乙女を破壊――つまり殺す存在であるということですね」