AEVE ENDING
「いいえ…いいえ!でも、」
涙を湛えようと、今にも叫びそうなまでに歪む顔が倫子と重なる。
『返して…!返してよぉお!』
ある男の残虐な嗜好を満たすだけの、無意味で凶悪な宴を。
『かえして、』
妹を殺した倫子の錯乱ぶりは、今でも。
「早く行かなきゃ、こんな…、こんな!」
やはり悲鳴が重なる。
彼方の終焉の口は徐々に収まってきていたようだが、まだ安心はできない。
箱舟に残っていたアダム達も騒ぎ始めた。
莫大な気配を辿るように、多くの生徒達が回廊にまで出てきて様子を窺っている。
「はやく…!」
腕に真鶸の力が籠る。
彼も、必死なのだ。
だが、連れていくわけにはいかない。
「真鶸くん、頼むよ」
頼むから離して―――。
そうしてなんとはなしに視線を上げた奥田の視界に映ったそれと、同時、響き渡った悲鳴が回廊を突き破った。
「雲雀様っ…!」
生徒のひとりが金切り声を出す。
生徒達の群れと奥田達の丁度境に、彼は忽然と現れ、立っていた。
「兄、さ、ま…?」
真鶸が、確かめるようにその名を呼んだ。
信じられない、とその表情が物語っている。
そこに立っていたのは、かつてないほど赤い血に濡れ、傷付いた「修羅」の姿だったからだ。
黒いジャケットは既に血を吸い付くし飽和状態で、彼が足を着けている床に、ひとつ、またひとつと赤い波紋が広がっていく。
濡れた髪の隙間から覗く眼は血走り、呼吸も荒い。
負傷しているのか、額から片目を潰すように血液が河を作っていた。
そしてその腕、には。
「―――みち、こ」
雲雀以上に、醜い姿を晒す、姿が。
既に衣服など纏っていないに等しい。
全身を覆う火傷と、深く抉れた肩の傷。
肉の焦げた臭いが、一瞬にして周囲に広がる。
彼女の胸は、動いていなかった。
「奥田…」
雲雀に呼ばれ、我に返る。
未だ重圧を纏う雲雀の姿はあまりにも異常で、まるで。
「橘を、たすけて」
(きっといつか、流せる日がくると、貴方は言ったけれど)
この罪を忘れたくないと、体が嘆くのだ。
(神よ、貴方はなにを、望んでいるのか)