AEVE ENDING
―――カチャンッ。
倫子の額を存分に撫で、痛む体を再び自身のベッドへ向けようとした時だった。
不可解な物音に首を巡らせると、このまっさらな部屋の入口に、漆黒の制服を着た真鶸が立っていた。
手にしていたカップを落としたらしい―――トレイごと床に転がっている。
足元に広がる透明なブラウンから、アールグレイの仄かな香りが雲雀に漂ってきた。
「…怪我は?」
割れたカップを見やり、目を見開いてこちらを見ている弟に暢気に問えば。
見る見るうちに緩んでいく彼の目に、あぁ、心配させたのか、と今更ながらに気付く。
「兄様…っ」
そうして飛び込んできた体を抱き止めれば当然の如く体は痛んだが、胸にじわりと広がる暖かさのほうがそれよりずっと勝っていた。
こちらの腹辺りに顔を埋める弟はひくひくと肩を揺らしている。
相変わらずの泣き虫だが、雲雀は弟のそれが嫌いではなかった。
嬉しい時も悲しい時も、怒った時ですら溢れ出る弟の涙は、いつだって素直で正直できれいだ。
自分とは天地のように違うこの小さな弟を愛でることに、雲雀は躊躇しない。
「よかった…、兄様も倫子さんも目を覚まさないからこわかったんです。あれからもう二週間も経っているのに…。奥田先生は大丈夫って言ったけど、でも、でも…」
ぐすりと鼻を鳴らし、素直に兄の目覚めを喜ぶ。
そうして倫子へと視線を向けると、またじわじわとその両目から涙が溢れ出てきた。
「み、みちこ、さ…」
鼻声がいじらしい。
しかし、倫子に目覚める気配はない。
それに対して更にかさを増す涙を、雲雀はぼんやりと眺めていた。
こんな風に感情を剥き出しにできる弟が、少し羨ましい気もする。
気持ちに違いはないのだろうが、自分は決して泣くことはないからだ。
泣きじゃくる真鶸の頭を撫でつつ、雲雀は再び倫子へと視線を向けた。
(それでも望んでるんだ)
だから早く、起きたら。
そうしてバカみたいに暢気な声で、おはようと口にすればいい。
次にはそれが救いになるように―――。