AEVE ENDING
「橘」
カツリ。
革靴が響いて、倫子の隣に雲雀が来たことを知らせる。
倫子の視線は、水平線のずっと向こう側だ。
(…いやな雲)
どす黒く厚みを増した雲が、水平線の向こうへ見える島陰の頭上を覆い隠していた。
(あの状態じゃ、)
「島は雨だね」
(…チッ、読まれた)
思考に被さるように呟かれたそれに、倫子は雲行きを眺めながら俯いた。
毎秒毎秒の如く脳内が筒抜けになっているという状態は、やはりよろしくない。
「…寝てたんじゃなかったの」
しかしもういちいち突っかかるのはやめた。
今回は朝比奈の目が光っているし、毎度絡んでいたらこっちが疲れる。
「誰かさんが煩くて、眠れなかったんだ」
隣で潮風に髪をそよがせている雲雀の横顔は、ほの暗い空の下で発光しているように見える。
「―――あ、ごめん。なんか色々考えちゃ、…て、え!?ぜんぶ!?今までのぜんぶ読んでたわけ?はい!?」
あぶねぇ。危うくスルーするとこだった。
「勝手に頭の中に流れ込んでくるんだよ」
迷惑だよね。
無表情がきらりと目尻に力を込めた。
それはこっちのセリフだ。
そんな雲雀から視線を逸らし、倫子はこちらこそが迷惑だと甲板で地団駄を踏む。
「本当にね」
いけしゃあしゃあ、なんていやな奴だ。
船のモーターがざぶざぶと波を縫う様は明快で新鮮だったが、雲雀が隣にいるということが倫子にとっては不愉快以外のなにものでもなかった。