AEVE ENDING
(痛み、苦しみに堪えてこれたのは、大好きな家族と再びあいまみえることを望んでいたからでしょう)
優しい君はいつも、暖かな空気を懐かしんでいるのに。
「…わたしさあ、」
躊躇いが濃い口調に思わず息を吐く。
暴かれたくないなにかを、暴かせようとしているだろうか。
「一度だけ、うちに帰ったことあるんだ」
死にたくて死にたくて、もうどうしようもなくなった時。
苦しくて苦しくて、痛みに埋まってしまいそうになった時。
「…無意識にテレポートしてて、気付いたら、懐かしい場所にいた」
それは。
『忽然と消えたんだ。―――腐りかけた体を引きずって、どこに行ったのかな』
倫子の言葉と奥田が以前語った話がリンクする。
『初めて、憎まれてるんだと感じた』
常人ならとうに死んでいる筈の圧力、痛み、苦しみに堪えて尚、口にしなかった言葉を、彼女は。
『テレポートした翌日には帰ってきた。相変わらず発作は起こるけど、泣きもしなければ苦痛も訴えない。ただひたすら、虚無に支配された狂人のように』
(―――死にたい)
ねぇ橘、君に、なにがあったの?
薬物投与、破壊される細胞の苦しみ、痛み、虚しさ、憎しみ。
全てをないまぜにした体を引きずって、無意識にテレポートした先。
『ここ、は…』
我が家だった。
倫子が暖かな時間を過ごした、大切な場所。
懐かしい畳の部屋、懐かしい土の香り、懐かしい空気。
夕焼け頃の、あの寂しくて穏やかで満ち足りている、埃くさい、大好きな。
寝室として使っていた部屋にひとり、倫子は蹲っていた。
(畳の匂いがする。…懐かしい、うちの香りだ)
「心臓が停まるかと思ったよ。まさか無意識にテレポートした先が家族のところだなんて、考えもしなかった」
夢かと、思った。
けれどそれは現実だった。
完治しない傷痕はやはり痛むし、内側を破壊される苦しみは消えていない。