AEVE ENDING
「結婚…、ですか?」
歪みも矯正もない穏やかな空気が流れる庭園で、ロビンを付き従えたアナセスは小さく呟いた。
聞きなれないその言葉に抵抗を残す口調は、ありのまま不満を露にしている。
しかし、目の前の女と男は気付かない。
その洗練された容姿と身のこなしからは考えもしないほどの愚鈍さで、彼らは美しい微笑を浮かべている。
―――彼らの醜さなら、承知していた。
鼻につく不愉快なまでに強い薔薇の香りはまさに、二人の象徴と言えるだろう。
桐生が死亡したとの報せを受けてすぐ、そのことを知っていてか、彼らから連絡が入ったのだ。
『―――親愛なる米国親善大使殿』
アナセスが日本に滞在している間になにを起こそうというのか。
その黒い腹の中は橘倫子を陥れることしか頭にないのか―――或いは、雲雀を歪んだ形で慈しむものか。
どちらにせよ、よからぬことを考えているのは確かだ。
「貴女が日本に滞在している間に、雲雀さんとの挙式を上げてしまおうと思っているの」
もうドレスも用意したのよ。
人の良い笑みを浮かべて口にする言葉はあまりにも身勝手なものだ。
彼女―――雲雀の母親が披露した先のテラスの近くには、美しく輝く真珠色のウェディングドレスが飾ってある。
徹底した行動力が気持ち悪い。
「ですが、私と雲雀さまはまだ出会ったばかりです。そうだというのに、結婚など…」
アナセスが珍しく強い口調で抗議したが、彼らの耳には届いていないらしい。
にこやかな微笑みを浮かべたまま、二人はアナセスを見る。
テラスに近いここは、白い雲に覆われている空からのくすみが強い。
まるでそれに覆われているように、二人は違和感があるほど不透明に見えた。
(―――殻を被るヒト、か)
大昔の芸術家だったか哲学者だったかが、そんな言葉を残していた者がいたが。
(…殻というより、仮面だな)
貼り付けた笑みと虚言。
渦巻く黒い感情と思惑。
吐き気がする。