AEVE ENDING
「その顔、吐き気がする」
そうして苛、とした声が上がった途端、振り下ろされる腕は既に残像だった。
―――バシリ。
ぶった。雲雀が、母親を。
かなり手加減されたそれは、けれど彼女の白磁の頬を赤くするには充分だったようだ。
痛みにひくりと痙攣する頬を、彼女は呆然と美しい手で覆った。
そして叩かれてよろけた妻を支えることもせず、男は逃げるように後退る。
その顔に滲むのは恐怖、脅え、不安、捨てきれない威厳、葛藤。
彼らがなにをしていたかなど、雲雀はとうの昔から知っていたのだ。
「…雲雀さ、」
母親が泣き縋るように涙を浮かべた。
それを視線で追い、雲雀は再び憂鬱の息を吐く。
そうして脅えている二人から視線を外し、ゆっくりとソファに腰掛ける。
逸れた穏やかな輪郭の稜線がひどく俗世離れしていて、夫婦は更に畏縮するように声を殺した。
相変わらず空は重く冷たい曇り空だが、このテラスだけは春のように暖かい。
それが尚更、神の「父母」の神経を鋭利にしているのかもしれなかった。
(―――神が息吹く)
目の前に悠然と、しかし凛とした空気は崩さずに座る雲雀を、二人はじっとりとした視線で見つめる。
美しい容姿は錆びれ、唇を喰いしばり眼球を充血させ、ただ待ち続けるのだ。
逃げることも語ることも赦さない、この穏和な空気の中で。
(今か今かと、審判の刻を待つ罪人のように―――)
「感謝してるよ」
しかし、その薄い唇が吐き出したのは断罪の言葉ではなく、心底からのそれだった。
瞬間的に静まり返った空気に、間の抜けた疑問符が漂う。
「お、おい…、雲雀?」
まさか雲雀の口からあのふたりに対してその類いの言葉が飛び出るとは思ってもみなかったロビンは思わず疑問の声を上げてしまったが、紅いベルベットのソファに座る雲雀は涼しい態を崩さない。
無表情に近いそれは、唖然とするロビン達をよそに尚も続けた。