AEVE ENDING







「…橘」

耳慣れた、低くも高くもない、少し重厚な声。

聞くだけで安堵する声があるなんて、ついこの前まで知らなかった。



「…そんなに時間経ったっけ」

まだ半時もぶらぶらしていないつもりだった。

後ろを振り向けば、落ち葉が揺れる中でも霞むことのない、ただただ美しい男が立っている。

出会った頃より長く伸びた前髪が睫毛に掛かって、葉の匂いがする風に吹かれて揺れる。

薄雲から射す微弱な光ですら、この男を美しくあからさまに照らすのだ。



「真鶸が君を心配するから、探しに」


(―――雲に遮られない陽光に照らされたら、きっと眩しくて見つめられない)


そんな人だ。

この人は、その姿だけで私を簡単に殺せてしまう。



「…橘?」

その声が好きだ。

静かに沸き上がる清流のように滑らかに、この傷付いた名前を呼んでくれる。

「どうしたの」

伸ばされた細い指先が乱れた前髪を分けて額を撫でた。

その指も、好き。





「…雲雀」


(―――離れたくないな)

叶うなら、ずっと一緒にいたい。




「私、やってみたいことができたんだ」

この世界に、同じ時間に産まれることができて良かった。

私が傷を負ったことを、罪を重ねたことを、離れることでなくしてしまいたくない。

そして諸刃の刃でも力を手にしたなら、活かさない手はない。





「…あんたも、一緒に付き合ってくれる?」


それはどこかおかしな響きになった。

プロポーズというわけではないけれど、彼の時間を預けてもらえるなら。


(…それは、至福だ)






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