AEVE ENDING






その言葉は、アナセスの決意だった。


「…君にはなんの得もないじゃない」

雲雀はわざと水を注すようなことを言う。
そんな雲雀に、アナセスは倫子を見遣ったまま、暖かな春のような声で答える。


「……私、あの方が好きですわ」

「マリア」としてではなく、純粋に友人として接してくれる、あの明け透けな笑顔が。


「私が頑張ることで幸せになってもらえるなら、それはとても嬉しいこと」

白銀の空気を纏いながら、アナセスはただ静かに微笑んだ。

その姿はまさに、彼女の意思に反した聖母マリアそのものだ。




―――狡いな、と雲雀はアナセスを純粋に羨む。

そんなふうに包み込むような守り方を、雲雀はできない。

傷付けて傷付けて、泣かせることばかりしてしまうこの手が、何故かアナセスの前では恥じることのように感じたのだ。


誰かを羨むなど、未だかつてなかったのに―――。



「…ですから、雲雀さまに倫子さんの幸せを託します」

絶対に、彼女を守ってくださいね。

小さな囁き声は他の誰に届くこともなく、雲雀の耳にじわりと滲みた。


「言われなくても、そのつもりだよ」

いつもなら余計なお世話だと言い捨てるところを、雲雀はいつも以上に真摯に答えた。

それに満足したのか、アナセスは再び「マリア」の笑みを浮かべて頷く。

内輪の話はこれで終わりだということだろう。



(橘の馬鹿…)

無駄に人懐こく、誰にも彼も好かれてしまう彼女が憎らしい。

―――まるで一生、自分だけのものでは納まっていてはくれないようで。




「雲雀!」

それなのに、その笑顔が全てを払拭する。

「帰ろうよ。真鶸が待ってるかもよ」

最近ではあっさりと絡めてくる手が、暖かくて小さい。

―――守ろうなんて、考えたこともなかった。


(…だって彼女は、強い)




「雲雀?」

じ、と雲雀を見つめる目には、躊躇いなどない。

彼女は決めたのだ。

己が歩む道を。

そしてその道を共に歩みたいと、僕は願った。



「なんでもないよ」

雲雀は珍しく穏やかに笑うと、倫子を一発殴ってから食堂を後にした。






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