AEVE ENDING
『実験体が八体届きました。八体とも完全な陰性───人間です』
遠い意識のなかでそれを聞いた。
意識が、本当にあったかなんてわか解らないけど。
『あぁ?んなもん連れてきたって無駄だっつったろーが。無駄な死体増やすだけだぞ』
『ですが、奥田さん…。コレはもう、遣い物になりませんよ』
見知らぬ研究員──だった。多分、若手の新人。
『おいおい、口には気を付けな。まだ生きてるし声も聞こえてる。眼もな』
奥田がデスクに腰掛けながら、カルテに何事かを書き込んでいる。
(…多分、落書きだ)
若い研究員は、私のほうを見ようとしない。
『……眼なんてどこにあるんです』
まぁ、当然か。
こんな生き物、好んで直視するようなやつは居ないだろう。
『なぁに言っちゃってんの?あるよー、ちゃんと。今もこっち視てる。…なぁ、ミチコォ』
奥田がにやりと嗤う。
奥田の笑顔のなり損ないは、この時からずっと変わらない。
『……奥田さんくらいですよ。「コレ」を「人間」だった頃の名称で呼び続けるのは』
研究員は呆れ返った溜め息にどこか嫌悪と畏怖を滲ませて、部屋を出て行った。
『…失礼な奴だなぁ。な?ミチコォ』
その下卑た微笑の方が余程失礼だ、とは、今の状態の私では口に出来ない。
『―――しっかし、新しいモルモットなんか連れてきてどうするつもりなのかねぇ』
ギィと椅子を鳴らし、握っていたペンをクルクルと回しながら奥田は頬杖を着いた。
窓のないこの部屋は、いつも薄暗い蛍光灯と補助電灯に守られていて、中途半端な明るさが保たれ続けている。閉鎖された空間。
此処に、神の眼は届かない。
『第二、第三のお前を造っても、どうしようもねぇのになぁ…』
疲れきった声色がそう囁くのを耳に、私は沸き上がる余計な感情に身を焦がしていた。
(第二、第三の、「私」…)
なんて恐ろしい事実。
「こんなもの」を創り出しておきながら、それでもまだ強欲に突き進む人の罪深さには恐怖と絶望しか感じない。
『…倫子、』
迸る私の感情が、奥田の敏感なアンテナに引っかかったらしい。
奥田はゆっくりと私を見上げた。
眼鏡のレンズに反射して映り込む、「醜い私」の姿。
『…責めるなよ』
───それが、私が初めて目にした奥田の悲しげな素顔だった。