AEVE ENDING






「理事。西部との合同セクションについての書類を」

そう口にした少年のような青年の、目の前に座る男。

日本屈指の優秀なアダムでありながら、日本箱舟連盟の頂点に立つ東部箱舟の理事長―――幾田桐生。

人類最初にアダムと認定された幾田慶造の孫にあたる彼は、愛用のブリキ人形を磨きながら青年に一瞥をくれた。

事故により視力を失われた左目が、白濁した色を以て目の前に立つ 彼を貫く。
しかしそれに圧されることもなく、東部箱舟代表の青年はそれをまっすぐ見返した。

「あぁ、すまないね、雲雀くん。生徒らも歯ごたえのない西部の連中には厭きただろうに」

完全実力主義の彼は、国内に点在する箱舟の中でも特にレベルの低い西部箱舟を侮蔑していた。

彼の弱者に対する排他的な考えは、つまり橘に言わせれば「調子に乗ってる」東部箱舟の生徒達に多大な影響を与えている。

名門出の生徒達が過半数を占める東部にとって、出生も定かではない西部の生徒達は「同族」とはいえ、異質な存在だった。


「確かにつまらない」

整った表情を動かしもせず、青年―――雲雀は理事の言葉に独り言のように応えた。
この歯に衣着せぬ物言いと、自分と同じく排他的な性格が幾田桐生のお気に入りだった。

「まぁ、私の可愛い生徒達にはいいストレス発散になるだろう」

なにせ東部箱舟の生徒は毎度毎度、西部のアダムをコテンパンにのしてくる優秀な生徒ばかりだ。

「今回も遊んでおいで。少々長く、退屈な休暇だと思えばいい」

バカンスにでも行く気分で遠征すれば、少しは楽しめるかね。
そう発せられた言外の言葉には、雲雀は賛同しなかった。

なんの表情も浮かべない、冷ややかな印象の青年。

精製された美しいブリキの肌を優しく労るように撫でながら、幾田桐生はやんわりとその口許に笑みを浮かべた。
とはいっても、彼はいつだって笑みを讃えている。
本当に笑っているかどうかは別として、その表情にはいつも穏やかな微笑が浮かべられていた。
見た目は好好爺だが、口を開けば度を超えた毒舌家なものだから、よく初対面の人間を驚愕させている。

ピグマリオニズム(人形愛)を嗜好としているのも手伝い、少々特異な人物だった。





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