AEVE ENDING




「その眼が懐かしいな、橘よ…」
「我々が貴様の前に立つ度に、貴様はそのように脅えた眼をした」

「怖いか、橘」
「怖いか?」

嗤うそれが緩やかに細められ、更に倫子を追いつめた。

(こわ、い…)

全身から力が抜けそうになる。
あの忌まわしい過去と記憶が、目の前に立つ当事者により勢いを増して自分の体を破壊しようとしている。


『…橘、怖いか』
『臆することはない、貴様は神に近付くのだ』

今は聞こえる筈のない声が、耳に響く。
麻酔で動かない体に、男達は優しげにそう囁いていた。
無知な身体に教え込むように、柔らかな脳に刻み込むように。

それを、未だ忘れてはいない。



「…雲雀、なんかヤバくね?」

倫子と研究者達のやり取りを素直に傍観していた真醍が、そっと雲雀に耳打ちした。
雲雀はデスクに凭れ腕を組んだまま、やはり無表情で倫子の様子を眺めている。

「な、タチバナを奴らと遭わせないほうが良かったみたいだし」

まさか研究者と倫子が顔見知りであったとは。
研究者達について詳しかったことを思い出す。

(…辛そうにしてたよな)

倫子と彼らは並々ならぬ因縁関係にあるのだろう。
そんなことを真醍が考えていると、雲雀がやっと動いた。


「───橘」

脱力して膝を着きそうになっていた倫子に、手を伸ばす。
床に倒れ込む寸でで支えられた身体は弱々しく震え、雲雀の腕に縋った。

「……ごめん」

顔面蒼白で雲雀に謝るが、枯れてしまいそうなほどに声は弱々しい。

(具合が悪いなんてもんじゃないべ)

そんなことを考えているのは真醍だけだが、しかし確かに、今の倫子は死を間際にした病人のように見えた。或いは二本の足では立てない、ガクガクと震える赤子のように。


「…随分、彼らと仲が良いみたいだね」
「ハ…、冗談やめろ」

雲雀の皮肉に軽口を叩ける気力はあるらしい。
顔色は相変わらず青いままだが、雲雀を支えにしながらも必死でひとりで立とうと力を込めていた。

「ほほ…、修羅を味方に付けるか、橘」
「取り入るのが巧くなったものだなぁ」

さんざめく憐れな罵詈雑言の中で、雲雀は倫子の身体に走る「痕」を思い返していた。




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