AEVE ENDING
「―――助けなきゃ、君が後々、煩さそうだし」
真醍が出ていったのを見届けて、雲雀は倫子に手を伸ばした。
首を絞められた男は既に意識を手放しかけている。
男の咥内から漏れた唾液が、倫子の手首を浅ましく濡らしていた。
「───橘…」
背後から抱きすくめるように、倫子の両腕を両手で包み込む。
倫子は無意識でありながら、それに反論するように首を横に振り、離すまいと両腕に力を込めた。
「…ひ、ぎ…っ」
男が、苦し気に鳴く。
けれど倫子は、まだ、まだ足りないと言いたげに、更に力を込めた。
「…橘、お預けだよ」
聞かせるようにゆっくりと語り掛ければ、倫子は泣きそうな表情を浮かべて見せた。
なんで、とめるの。
一瞬、流れてきたその危うげな思考に雲雀は小さく息を吐く。
迷子になったこどものように、なにも知らず、必死になってなにかを成し遂げようとしている――例えそれが、自身を血にまみれさせることだとしても。
「…橘」
掴んでいた倫子の腕を取り、男の首に喰い込んだ指をひとつひとつほぐすように離していった。
「いやだ…」
倫子の小さな呟きと共に、拘束から逃れた男の体が重力に従いずるりと床へ落ちる。
―――倫子は喋らない。
足元の男を見ているのか、広げられた自分の両手を見ているのか。
「…きたねぇ」
やがて爪にこびり付いた朱を見て倫子がいつもの調子で毒づいた。
くすんだ灯りの下、ない交ぜになった血臭だけが強烈。
「自業自得でしょ」
そうして耳元で聞こえる雲雀の柔らかな声が、倫子に現実を突きつけるのだ。
広げられたまま硬直していた指先をにぎにぎと動かし、倫子は酷い現実を奥歯で噛み締める。
「…疲れた」
そのまま後ろに体を預け雲雀に凭れ掛かったが、いやがってすぐ離れるかと思っていた雲雀が動かない。
ただ静かに、倫子が身を預けるのを容認していた。
「慣れないことをするからだよ」
雲雀がいつもより優しく囁いている。
そんな気がした。
「……」
なんだ、こいつ。
これって慰めてくれてるのだろうか。
ただ、密着した背中が、暖かくて、優しい。
握られた手首が、震えていた。
柔らかな肉を裂かんとしていた感触が、今更、背筋を駆け上っていく。