AEVE ENDING
「汚い…」
爪にこびりついたべとつく血液の感触が、気色悪かった。
「洗えばいい」
「感触が残ってる」
「すぐに消えるよ」
ぽつりと独りごちたら、雲雀がすかさずそう助言をくれたのだが。
「…なんか、優しくて気持ち悪いんですけど」
「…そう?」
ぶん殴られた。
「…ってぇよ!前言撤回!」
「それは良かった」
ついでに、千切れんばかりにぎゅうと握りつぶされた両手首をさすりながら、倫子は涙目で雲雀を睨み付ける。
しかし彼はどこ吹く風。
(…ムカつく)
しかし腹は立つが、「暴走」を止めてもらったことには正直、頭が下がる思いだった。
力任せに押さえ付けて、蛾の腹に針を突き立てていくように殺していたら、奴等となんら変わらない。
「…あ、」
―――そういえば。
「鈴木達は…?」
確か捕まっていた筈。
正直、浜辺でのことを思えばざまあみろだが、それとこれとは別問題だ。
「猿に行かせた」
言われて初めて、真醍がこの部屋に居ないことに気付く。
それを認識し、あとは真醍に任せておこうという人任せの考えが、ぐっと身体を重くさせた。
いまだ雲雀に凭れたまま、重みに任せてぐったりと頭を垂れる。
全身疲労。精神虫食い。死にそうだ。
「…とてつもなく、疲れた」
「らしくなかったからね」
つい愚痴を吐いたら、雲雀にそんな風に返された。
嫌味ではない慣れ親しさを感じて、思わず吹き出してしまう。
「知りあったばかりのくせに、なにを」
「君は、とても解りやすいから」
あぁ、そう。
気が緩んだ瞬間、足元から吐き気を催す血臭が強烈に漂ってきた。
鼻腔をじわじわと血液の粒子が犯していくような感覚に、嗅ぎ慣れるものではないのだと、今更、痛感する。
「…ここに居たくない」
血の塊から目を逸らし、足元で気絶している男を見遣った。
白衣の襟元から覗く弛んだ首筋には、爪の痕が生々しく残されている。
「…足りなかった?」
その言葉と共に、背中の温もりも音もなく離れていった。
ひやりと、孤独を感じる瞬間。
「…、」
―――あぁ、少し寂しい、なんて。
そんなまさか。