AEVE ENDING







『修羅がね』

北の島から帰還する途に就いた船の狭い一室で、奥田は白い船室の壁に凭れながらそう口を開いた。
白衣と白壁が融けそうだな、と倫子はぼんやり考えながら奥田を見る。


『…修羅って言うのやめて。ぱっと聞いて誰か解んない』

一先ず文句を突きつけて、倫子は先を促した。
それを聞いた奥田は苦笑し、困ったように眉尻を下げる。

『雲雀チャンがね、なんか今、よくないところで大人気みたい』

奥田は胸ポケットから咥え煙草を取り出しながら、そう訳が解らないことを口にした。
チャン呼ばわりも大変不快だったが、キリがないので指摘はやめた。

『よくないところって、なに?』

それより今は、奥田の話が気になる。


『―――新人類を崇拝する一派のアダムで構成された、裏組織』

倫子の問い掛けを半ば遮るように、そして同時に眼光を強めて、奥田ははっきりとそう言い切った。

『なにそれ』

まるで陳腐な小説のようではないか。
理解できていない倫子に、俺も同じ気持ちだと奥田は肩を竦めて見せた。

『アダム帝国』
『は?』
『人間を隷属にして、アダムだけの新世界を作ろうって夢見ちゃってる集団がいるんだよ』

嗤っちゃうよね。

奥田の呆れきった囁きに、倫子はかつてないほど顔をしかめた。


(―――我らが崇拝するアダムの…神の世界を…!)

厭な声が、耳に蘇る。



『あの男も、同じようなことを…』

倫子の眉間の皺が更に深まり、まるで答えを求めるように奥田を見た。

一瞬にして底冷えした奥田の、その無感情な、眼が。


神様。




『───第二の私が造られているのを、あんたは知ってたの…?』

情けなくも震えた声は、言葉は、想いは、問い掛けではなく、それは。

無視し続けた責務であり、贖罪であるべき、なのだ。


『っあんた、なに考えてんの……!』

無言は肯定。

この男はいつもそうだ。

悲鳴じみた怒声を上げた倫子を、それでも静かに見つめていた。

『……奥田!』

その様子に言い知れない苛立ちを覚える。
倫子は奥田が凭れる壁を、思いきり蹴りつけた。





< 210 / 1,175 >

この作品をシェア

pagetop