AEVE ENDING
「―――どうする?あそこでへばってる倫子と違って、俺は全て話せるよ」
それは誘発剤のようだった。
しかしその言葉に反応したのは、雲雀ではなく、倫子。
俯いていた顔をゆっくりと上げて、乱れた髪の合間からこちらを見遣る、眼が。
(───なに、その眼…)
酷く芳しい、その静かな眼は、今にも血が噴き出してしまいそうなほど、鮮やかに。
そんな眼、未だかつて、見たこともない。
―――久しぶりなぁ、あの眼。
倫子の露わになった眼に視界を奪われている端で、奥田がそう呟いたのを聞いた。
「…倫子」
奥田が酷く柔らかい調子で、まるで愛犬でも呼ぶような軽薄さで、それを呼ぶ。
「……やめてよ」
倫子は小さく、震えた。
その声に、は、と意識が戻る。
(信じられない。目を奪われてた)
雲雀が心でそう呟くのを、誰も知らず。
「…暴かれたくなかったら、早く寝なさい」
しかしいきなり教師面をした奥田に、倫子は慣れた様子で顔をしかめた。
―――その時にはもう、あの眼じゃなくなっていたけど。
「約束したのに」
「守るよ」
「あんたは嘘ばかりだ」
「俺のためでもあるもん」
「絶対に?」
「絶対に」
そうやり取りを交わした倫子と奥田は、まるで気が置けない父娘だ。
最後に倫子が諦めたように溜め息を吐き、立ち上がる。
「おやすみ」
「ちゃんと歯磨きするんだよ」
「…わかってんよ!」
目の前でまるで親子のような会話を繰り広げる教師と生徒。
慣れた関係が、何故か雲雀を苛立たせた。
「…おやすみ、雲雀」
倫子は洗面所へ消える寸前、そう言い残していった。
それは何気ない言葉であり、この緊迫した空気に馴染まない気安さを帯びている。
なに、今の。
嫌味?
思わず卑屈になったが、苛立ちをぶつけることは敵わなかった。
倫子が洗面所へ消えたと同時、奥田が廊下へと出たからだ。
「行こうか」
口許に、優位に立つ者の、不愉快な笑み。
気に入らない限りだが、しかし橘倫子への興味がまた深まってしまった。
彼女の人間性には興味はないが、何を隠しているのか、ただそれだけが雲雀の好奇心をそそる。
まるで赤子が、初めて色を覚えたように――鮮烈で、新鮮。