AEVE ENDING
「お茶でいい?」
医務室に着くと、その更に奥の部屋へと通された。
恐らくは奥田の私室だろう。
白と黒を基調とした室内はほんのりと薄暗く、天井から壁の中心下までぶち抜かれた窓からは浜繋がりの陸が見える。
入江の端と端に位置するこの東部箱舟と、貧困地区。
この箱舟からは、その貧困エリアの灯がよく見えた。
家を持たない貧しい者達が寄り集まって巨大なコロニーを作り、地獄のような土地で生活をしている。
美しいのは方々に焚かれた篝火のみで、それらは暗い夜を気持ちばかり明るく照らしていた。
「俺も倫子もコーヒー飲めなくってさぁ。昔、ミスレイダーに缶コーヒーとお茶缶もらった時なんか二人で争奪戦だよ。あのバカ思いっきり殴ってきてさぁ、マジで泣いたね、あん時は」
下らない話を続けながら、奥田は慣れた手つきで緑茶を煎れていく。
色彩の淡白なこの部屋には似合わない、穏やかな茶の匂いが漂う。
「はい。雲雀くんには特別に玉露入り~」
差し出された淡い黄緑を無言で受け取ると、目の前の白衣が笑った。
「雲雀くんてさぁ、綺麗な顔してるのに表情が乏しいよね。倫子の前じゃ普通なのに」
橘の前じゃ?
それはそうだろう。
「なにかと癇に障るから、…彼女は」
熱い茶を両手で握り込むと、その熱がじわりと掌を焼いた。
倫子の焼けるような皮膚を思い出して、少し握りを弛めた。
「そうねぇ、雲雀くんには珍しいタイプだろうね、アレは」
奥田は雲雀の前に置かれたソファに座り、ニヤニヤと笑みを浮かべている。
この男は、なにが言いたいのか。
厭らしく笑う奥田に不快感を感じずにはいられない。
それを隠そうともせず顔に出せば、奥田はケラケラと笑い出した。
「でも、雲雀くんにはそれがイイんじゃないの?」
脳天を、揺さぶられた。
「───…、」
まさか。
(…家畜よりは、マシだけど)
動揺というほどの動揺でもない雲雀の変化に、奥田はつまんねーの、と心中で呟きつつ話を続けた。
「まぁ、こんな無駄話はどうでもいいんだけどね」
確かに、どうでもいいことだ。
このいけ好かない保健医のテリトリーにわざわざ足を踏み入れたのは、世間話をするためじゃない。