AEVE ENDING
雲雀が部屋に戻ると、窓という窓が全開だった。
秋が終わった冬のはじめ。
空調で丁度よい室温を保っていた筈の部屋は氷のように冷えきった潮風に掻き回されている。
頬を撫でる冷えた風に、この部屋を出る前に虐めた馬鹿の顔を思い浮かべた。
これ、嫌がらせ?
「…下らなすぎる」
とはいえ報復するその生意気っぷりに腹が立ったので、一発殴ってから休むことにした。
きっちり閉じられた小さな扉はやはりきっちり鍵が閉められていたが、そんな小細工、雲雀には関係ない。
集中するまでもなく、握ったノブの向こう側でカチリと鍵が甘く囁く。
それに誘われるように、ノブを捻った。
白く重い雲が薄暗く発光し、灯りの一切ない部屋を柔らかな薄闇に落としている。
窓の面積が大きい分、外の明度そのままが浸透していて、まるで宙に浮いているような空間だった。
そしてその無限のなかで、埋もれるように横たわる倫子の姿。
小さな寝息が暖かな室内に響いて、自然、溜め息が出る。
随分と、深く眠っているようだった。
きしりとベッドに腰掛けても、その小さな身体はびくともしない。
気配には敏感そうな小動物なのに。
「…橘、」
窓に隣接されたベッドで横になり、窓側を向いた状態──こちらに背中を向けた姿勢で寝息を立てている倫子の頭を、雲雀は容赦なく殴った。
優しく名を囁いておきながら、力の加減はない。
「っ」
しかし、倫子は衝撃に息を吐いただけで目を覚まさなかった。
先程よりも更に身を丸めて、シーツのなかで縮こまる。
(…子供みたい)
ぐっすりと眠る倫子の様子は、雲雀に少しばかり懐かしい想い出を引き出させた。
アダムとして目覚め、幾田桐生に見初められ東部箱舟へと籍を置いた自分は、そうそう実家になど帰れはしない。
帰りたいとも思わないが、しかし懐かしむ要素が全くないというわけでもなかった。
「家族」という記憶は皆無だが、やはり幼い頃の記憶は鮮やかに蘇る。