AEVE ENDING
「……、…」
ぼんやりと霞む対岸の篝火はここにまで届き、倫子の横顔を淡く照らしていた。
瞼は浅く閉じられ、口を半開きにした倫子の寝顔は、起きている時よりも更に不細工で情けない顔をしている。
しかし何故か、不快ではなかった。
それを不思議に思いながらも、上下するその身体を雲雀は観察するように見つめる。
―――そしてあろうことか、無意識に、手を。
「…、」
なにも考えないうちに伸びた指先が、硬い髪に触れて初めて、自分が手を伸ばしていたことに気付く。
じり、と音が鳴るほど、硬質のそれ。
柔らかみもなにもない。
まるで野犬の毛だ。
「本当に女性…?」
そう呟いて、触れるだけだった髪を乱暴に鷲掴む。
指先を伝う、他人の皮膚がひきつる感覚。
規則正しかった倫子の呼吸が一瞬、止まった。
「っ、……」
しかし再び、呼吸は落ち着いていく。
つまらない。
「…鳴けばいいのに」
―――起きて。
囁いても、その腫れぼったい瞼が開くことはない。
倫子にしてみればさっさと寝ろよ馬鹿スズメ、という事態だが、雲雀はどうしてか、そこから離れる気にならないでいた。
「たち…」
意味もなく囁いて、息を止める。
―――…ジワリ。
(…なに?)
指先が倫子の頭皮に直に触れた途端、流れ込んできた映像が脳を灼く。
強制的に映画を見せられているかのような感覚が眼球を伝い脳を麻痺させる。
透視、の能力に近い。
精神テレパスの応用のひとつ。
他人の記憶を強制的に探るための、賎しい能力だ。
(…こんな力を使った覚えはないんだけど)
こんなえげつない能力、試したこともない。
他人に興味を持たない雲雀にとって、使えたとしても無用な能力の筈だ。
―――それなのに。
脳内を駆け巡る、強引で薄ぺらい虚像が雲雀の視界を直に埋め尽くす。
モノクロではなく、彩度の低いカラーで。
対象物が記憶している状態の姿で、倫子の記憶が、そっくりそのまま雲雀に流れ込んできていた。