AEVE ENDING





「水は」

タプリとコップの中の水面が揺れる。

「…飲めない」

水は、と言われても、この身体じゃ起き上がって嚥下することも敵わないのに。

「…飲みたくないの?」
「いや、飲みたいけど」

(…頭ん中読んでたんだから、わかってるだろこのヤローが…)

との皮肉は、絶対に聞こえないように意識した。
もし外に漏れ出て雲雀の耳に入ってみろ。
本気で心配してくれているとしたら――申し訳なさすぎる。


「起きれる?」

その言葉に試みてはみるが、やはりシーツを掴んで踏ん張ることもできない。

「…無理」

体を動かそうと力を入れても、力を入れた先から抜けていってしまうような感じだ。

(薬って、だからやなんだよ。自由にトイレにも行けないし)

麻酔ではないのだろう。
腕に痛みは残ったままだ。
恐らくは身体の自由を奪うために、感覚も多少は麻痺させる弛緩剤のようなもの。

水は諦めるか、と溜め息を吐いた時だった。
真横から吐き出された溜め息も、重なる。

「…仕方ないな」

雲雀がそう言って立ち上がると、ギ、とパイプ椅子が軋んだ。

「なに?」
「吹き出さないでよ」

雲雀がコップを手に近づいてくる。
ベッドに腰掛けて、まるで倫子を覆うようにその顔のすぐ横に左手を付いた。

綺麗な顔が、近付く。



「な?」

雲雀がコップのなかの水を飲み込んだ。

(―――えぇ…?)



「…水を渇望する私の前で水を飲むとかそーゆープレイ!?一体どこまで酷いんだよおま、」

え、はブラックホールに吸い込まれていった。
正確に言えば、雲雀の口のなかに。



「…ん、む」

柔らかな、いやかつて味わったことなどないほど柔らかな――柔らか過ぎて、気持ち悪い感触と共に咥内に流れ込んできた冷たい液体に噎せそうになる。

(…零さないで)

仰天し過ぎて咳き込みそうになっている倫子の頭に、そう優しく語り掛けられた。

(いや声色は優しいんですがね、この状況で零さないでねって、どんだけ鬼畜なんだ、みたいな)




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