AEVE ENDING
「一般セクションの実施場所が、貧困エリアなんだよ」
薬から解放された倫子の、なぜ貧困エリアに向かう必要があるのか、という問い掛けに、雲雀はごく簡潔に答えた。
しかしその答え、倫子には些か納得しがたい。
「…アダムの卵が貧困エリアでなにしろっつうのさ」
なんの役にも立たないだろうに。
無惨な現実を目の当たりにして、無力な自分を嫌悪し、罪悪に苛まれるだけだ。
飢餓に感染病、劣悪な生活環境。
痩せ衰えた子供や老人、道端で息絶えた腐敗した死体。それに集る蛆や正気を失った人間。
(…この箱舟での生活は、あまりにも穏やかで、守られている)
「―――だからだよ」
箱舟に来る前の凄惨だが当たり前だった暮らしを思い出していると、隣に立っていた雲雀がぽつりと呟いた。
「平和呆け防止」
あぁ、なるほど。
「良い案かもね」
「君みたいな偽善者には特に」
「褒めてんの」
「まさか」
腹立たしい。
良いところもあるんじゃないかと思った矢先にこれだ。
ぶつぶつと愚痴をこぼす倫子の隣を歩いていた雲雀が、ふと足を止めた。
反射的に、倫子も歩を止める。
俯いていた顔を上げれば、「貧困エリア」の巨大なゲートが目の前に聳え立っていた。
鉄で出来た格子の門扉は巨大で頑丈だ。
エリア内は四メートルを越える石壁で完全に海を除く三方を囲われており、出入口となるゲートはここひとつ。
エリア内の住民は許可なくゲートを通ることは赦されず、まるで檻の中の囚人という扱いだった。
整理された都心部と隣接しているこの貧困エリアの扱いは隔離に近く、それもあながち間違った言葉ではない。
銃を構えた役人が立つゲートに、雲雀は躊躇なく進む。
よく見れば、鉄柵の向こう側に見慣れた顔がちらほら垣間見えていた。