AEVE ENDING
「―――倫子」
回廊に響いたその声に、雲雀は倫子を下敷きにしたまま顔を上げた。
「…奥田」
視線の先には、なにかにつけて倫子を構う保健医の姿。
雲雀は無表情のまま、内心で舌打ちする。
邪魔しないで。
これから、もっと愉しくなるところだったのに。
「…おくだ」
真下で、ふるりと、声が鳴いた。
拘束した腕が、一瞬だけ震える。
「倫子、おいで」
「…っ、」
奥田の言葉に引き寄せられるように、倫子の手が力なく抵抗した。
その連鎖に、雲雀は思わず拘束を解く。
「…っ、おくだ」
―――困惑、した。
殺し合いの最中でも決して揺るがなかった倫子の精神が、奥田の声で瓦解する。
泣きじゃくりながら奥田に駆け寄り、肩を抱かれる倫子の姿、に。
戸惑いに満ちた苛立ちが波紋を描いていく。
(───気に喰わない)
「…倫子、会ったの?」
完全に蚊帳の外に出された雲雀の前で、奥田の問いに倫子は小さく頷いた。
「…どうだった?」
しゃくりあげる倫子の背中をさすり、奥田がいつもより倍は優しい声色で囁く。
「きもちわるい…」
「うん」
「きもちわるい…」
幼子のように、奥田の白衣にしがみつく。
その握りすぎて白くなった拳は、先程まで自分に向けられていた筈なのに。
「部屋に戻るか?」
小さな頭が頷く。
奥田に支えられて歩く倫子の姿は、酷く華奢に見えた。
こちらに背を向けた奥田が、肩越しに視線をくれる。
───ついてこい。
それに従う気など、普段なら毛頭、起きるはずもないが。
ただ、気に入らなかった。
自分の気に入りの玩具を、奥田に任せるということが。
自分の持ち物を無断で懐柔されては、気分も悪い。
(…あぁ、違う。そうじゃなくて)
ただ、ふたりの間にある他者が踏み込めないなにかが、気に入らないのだと。
それは倫子が秘める過去に関係しているということを、雲雀は承知していた。
自分でどうにかできる問題ではないことも、興味を持つことすら馬鹿馬鹿しいことだということも。
けれどそれはまるで、自分の領域に土足で踏み込まれた時のように、腹が立った。
───じわりとした殺意が、意図もなく雲雀の首筋に走るのだ。
けれどその感情の名を、知ろうとも思わない。