AEVE ENDING
「…たきお」
小さな声。
距離を置いてなお、聞き慣れた声が響く。
気配を読まなくとも、それが誰かわかる、愛しい声。
「…アミ」
倫子達の部屋の前に立つ奥田が煙草を咥えたまま振り返れば、数歩間離れた距離に立つアミの姿が回廊の窓ガラスに映っていた。
木の幹のような焦げ茶色の髪が、記憶にあるそれより長く伸びている。
「…どーしたの?」
情けねーなぁ、俺。
こんなシケた声出して、作り笑いもクソもねーや。
「こっちの台詞だよ。元気ないね、たきお」
ふわりと他人の間合いに入り込むのは、倫子と同じくこいつも無意識で。
朝も昼も夜一緒にいた頃はその無意識にどれだけ心中を混ぜっ返されたか。
「そうお?」
顔の真下に来て、こちらを見上げる柔らかな表情。
―――あぁ、なんか懐かしい。
ちょっと前まで、四六時中見てた顔なのに。
主にベッドの上だったけれど。
「今、やらしーこと考えたでしょ」
「考えてマセン」
「透けてんのよね、あんたは」
お前くらいだよ、俺の頭ん中が透けて見えてんのは。
俺の通り名はアレよ?
真意を諭せない男よ?
「セクションが始まってから、ずっと悩んでたでしょう」
笑うと、少しだけ大人びて見える、少女の顔が。
「…どうして?」
どうして、解っちまうのかなぁ。
先生、弱っちゃうよ。
「…だって、透けてるから」
アミの指が頬に伸びる。
掠めた先での小さな痛みに、そういえば雲雀に叩かれたことを思い出した。
「倫子を、変なことに巻き込まないでね」
「…それだけ?」
ねぇ、アミ。
俺のことは、心配してくれないの?
「…それだけじゃダメ?」
わかっていて焦らすのだ、この女は。
だからセンセー、君を捨てたんだよ。
俺が俺で、なくなっちゃうから。
「…下手に聡い女は要らないって、言ったくせに」
でも、たきお、あんたは今、私に慰めて欲しいんでしょう。
「…うん」
抱きたい。
ずっと、お前に負けてばかりで、優しいその空気が居心地が悪くて、居たたまれなくて。
「手放したくなかった、のに」
アミが俺のネクタイをやんわりと掴む。
おいで、の合図。
「仕方ない人だなぁ…」
俺が大好きな声。
ごめんね、倫子。
先生、一足先に幸せ噛みしめます。