AEVE ENDING
「橘倫子という人体のあらゆるものを摂取した。あますところなく、全てを」
そのような仕打ちを受けてなお、橘倫子は牙を剥いた。
珍しいタイプのモルモットだったという。
明らかに正常ではいられないはずの環境で、モルモットはどこまでいっても狂気を見せない。
「…しかし、精神は強くても平均の体はすぐに駄目になった。ひたすら栄養剤と回復剤を飲ませ、成長期だったのもあり回復は早かった。なんとか騙し騙し実験を続けた」
しかし成果はどれもイマイチだった。
やはりどうしても、決めの一手が足りない。
「…そこで、君の出番だ」
男は雲雀を見た。
雲雀は軽く、眉を寄せる。
(…僕が、橘に及ぼしたもの)
───それは、なに?
「君の記憶にはないだろうが、我々は既に君の細胞を所有していた。極内密に、極秘密裏に」
雲雀というひとりのアダムは、その頃から「神童」と呼ばれ、その凄まじい潜在能力は国も着目していたのだ。
その遺伝子を利用し、橘倫子の体を根本的に変化させる。
「この時、役に立ったのは奥田の能力だった。被験者にマインドコントロールをかけ続け、「個」を空にする」
遺伝子組み換えに雲雀の配列を加えてから、「個」を戻す。
そうして橘倫子という入れ物を、全て造り変えた。
───神の力を与えられた、アダム橘倫子の誕生だ。
「危惧していた拒否反応もなく、うまく育ってくれたものだよ」
ただ問題なのは、突如与えられた能力に対する器の脆さだった。
うちに秘める力が膨大過ぎて、人体がうまく機能しない。
眼球が腫れ、呼吸器官も膨れ上がり気道を塞がれ、薬の副作用で全身が浮腫んだ。
やはり栄養剤と調整剤を打ち続け、時には麻薬を与えて体を騙したりもした。
しかしそれらは、一時凌ぎに過ぎない。
「───そうして奴は、ただの肉塊になったのよ」
雲雀が小さく息を吐いた。
話の終点が見えない。
橘の痛みの底が、知れない。