AEVE ENDING
「―――…橘?」
箱舟の自室に戻った頃には、空はやんわりと青白んでいた。
雲雀のベッドに置かれたフランスパンのスライスとマーマレードジャム。
「…?」
ベッドの反対側───テラスの方へ回ると、腹ばいになった倫子が床に直に横になっていた。
手足を投げ出して、布も何も被らず、腹を見せて。
「なにしてんの、この馬鹿」
ここ、僕の部屋なんだけど。
ベッドに腰掛け、スライスを手に取る。
倫子のことだ。
雲雀が医務室から帰ってきたら一緒に食べようと誂えた夜食だろう。
カリ、と鳴ったスライスに反応し、倫子は小さく身じろいだ。
ふと雲雀がそちらに視線を落とせば。
「…ひぐしゅっ」
仰向けの体が跳ねる。
「…なに、今の。くしゃみ?」
ぐずぐずと鼻を鳴らすと、次に倫子は暖を求めだし、すぐさま真横にあった雲雀の足がターゲットになってしまった。
「ちょっと…」
雲雀から出る不機嫌な声も今はなんのその。
くしゅりと再び体を揺らすと、倫子は雲雀の片足にしがみついたまま再び寝息を立てはじめてしまった。
(殴りたい…)
よく見れば、衣服から覗く肌は粟立っている。
「全く…」
雲雀は体を折ると、倫子の首根っこを掴んで力づくでベッドへと引き上げた。
首を絞められてなお、咳き込みながらも寝息を立て続ける倫子に心底から呆れる。
シルクに慣れないのか、倫子は寝返りを二度三度ばかり打つと、次は雲雀の腰にしがみついてきた。
バシッ。
右腰に収まった倫子の頭を容赦なく叩くが、呼気を乱しただけで起きる気配はない。
「鈍い」
しかしその温かみが体温に馴染み出すと、何故かそれを手放し難くなった。
小動物でも抱えているような温もりに、雲雀は小さく息を吐く。
そうして穏やかな寝息をよそに、本当に生きているのか確かめたくなった。
―――あの男の「話」のせいだ、きっと。
(小さい…)
シャツの上から触れた肩は頼りなく、そして皮膚のひきつりが掌を伝い、如実に伝わってくる。
けれど、しっかりとその体は呼気に合わせて上下し、生きていることを目の当たりにさせた。
「…橘」
剥き出しの首筋に指を置く。
そのままゆっくりと皮膚の上を歩かせれば、無数に走った施術痕にやはり爪が引っかかった。